T2U音楽研究所~はてな置き場(旧:私を支える音楽と言葉)

T2U音楽研究所/臼井孝のはてな版です。

58・「俺」なしで生きる「私」

 仕事で原宿に行った際に、10月22日発売のヒロリンの『Dear Friends IV』のラフミックス音源資料を聞かせていただいた。個人的には、これまで3作と比べて格段にコンセプチュアルな選曲になっている気がするし、コンサートに来られるご婦人方が好きそうな歌い方が多いので、即売でガッツリ売れそうな予感。仕上がりが楽しみ〜。(※内容は、私に問い合わせないで下さい(笑)。)そのうち新作も勝手に応援します!


 ところで。


 そういえば、自分のことを「俺」と呼んだことがないと気になった。現在の私の一人称は、ネットに限らず基本的に「私=ワタクシ」であり、家族や友人に限り「一人称・僕」を使っていて、「一人称・俺」は生まれてこの方、会話中に一度も使った事がない。しかし、大抵の日本人男性は相手によって「私」「僕」「俺」を巧みに使い分けていて、例えば同じ会議の席上ですら、左にいる上司と右にいる部下とで「僕」と「俺」を区別し、「一人称・私」だけで通している私などは、よく使い間違えないものだなぁ・・なんて、やけに感心した記憶もある(笑)。


 それで一体どういったタイミングで「一人称・俺」を使い始めたのかをネットでさくさく調べてみたところ、


・小学校中学年ころに、仲間うちに笑われて、or母親に諭されて「俺」を使い始めた

・中学や高校に入学して、男らしさに目覚めて「俺」を使い始めた


という2パターンで、えぇぇぇぇぇ!全然気付かなかった!!と今さらながら驚いた(「二十才(×2)前」というのに。)。
(少なくとも表向きは)誰も注意しなかったけど、陰では「あいつって、自分のこと、まだ“僕”って言ってるよね。」なんて思われていたのかなぁ?もしかして、もしかして、昔からなぜかご婦人方の多くに贔屓されてしまうのは、私の一人称から発する“僕ちゃんオーラ”からだったのか??(その反動で年下の女性の多くは白目で通過(笑))


 うーん、なぜ私は「一人称・俺」に目覚めなかったのか。ちなみに、他の男兄弟や親戚も基本は「俺」を使っているし、家庭環境でもなく、あくまでも自分の問題なんだけど。(というか、まさに♪わたーしのその瞳はどこを見てたの??) 笑われたり、注意されたりしたのは、そんな一人称に関することよりも、「そんなに音楽を聞いていて、ヒットの要因とか調べていて、いったい何になるの??」といった問いかけの方が圧倒的に多かったりする。(で、その答が30代半ばになってから出ているというのも人生、誠に不思議なもので・・・)


 幸か不幸か誰にも注意されず、社会人になるまで「一人称・僕」しか使った事がなく、大学でも友達を思い返してみると、「一人称・僕」の人が多かったし(私の前では遠慮していたのか?まさか!)、大学の先生方も「一人称・僕」を使っていたし、「一人称・俺」が世間では圧倒的に多い、なんて思いもよらなかった。(←いかに世間を見ていないか今さら分かる私・・・。)


 ふと考えてみると、ここにも歌の影響が大きく出ているような気がした。歌謡曲にしても、フォーク系の楽曲にしても、一人称は圧倒的に「一人称・僕」が多いではないか。「一人称・俺」というと任侠系の演歌か、パンク系のロックか、最近ではレゲエ系(そういえば「一人称・僕」のレゲエって聞いたことがない!)くらいで、あとは大半の歌詞が「一人称・僕」なのだ。多分、私は音楽漬けで育ってきたから「一人称・僕」が自然だったのだろうと思う。20代前半まで、読書した本の種類が小説よりも漫画よりも、「アーティストBOOK」が圧倒的に多かった私なら十分有り得る。

 いやぁ、もう今さらながらズレまくりの自分に赤面しながら、この文章を書いている。これだけズレていても、いやズレているからこそ、欠陥だらけでも生きていられるのだから、人生における様々な師に感謝しなくてはならない、なんてあらためて思う夏の日の午後である。