T2U音楽研究所~はてな置き場(旧:私を支える音楽と言葉)

T2U音楽研究所/臼井孝のはてな版です。

478・中島みゆきコンサートレポート

先週の木曜日、中島みゆきのコンサート『一会(いちえ)』を見学させていただいた。以下、素晴らしい内容だったのをレポートをまとめてみたので、興味がある方に読んでいただければとても嬉しいです。

※いわゆるネタバレ満載なので、読みたい方だけお願いします。また、いつもとは異なり、編集部等の校正をスルーして出しているので、誤字脱字、表現の至らない部分は善良に読み解いて下さいませ。感想等は、私信でusutaka96 (アットマーク) excite.co.jpにお送りいただければ幸いです。それでは、よかったらお楽しみください♪

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2015年11月19日、中島みゆきのコンサート『「一会」Concert2015〜2016』が東京国際フォーラム ホールAにて開催された。会場には、中高年の方が多かったが、音楽フェスでよく見かけるファンキーなタイプではなく(笑)、ごく普通に暮らしている感じがした。それでも、ボジョレ・ヌーボーが解禁するかのように、この日を心待ちにしていることが、高揚した人々の顔から伝わってきた。 開演のベルが鳴ってまもなく波の音が聞こえ始め、演奏がスタート。緞帳が上がり観覧車や魚のオブジェなど、海沿いを想わせるセットを背景に、みゆきさん(以下、親愛をこめて「さん」付けで呼びます)が登場し「もう桟橋に灯りは点らない」を歌った。この日は空気が乾燥し、開演前に咳をしている人が多く、みゆきさんも大丈夫だろうかと気になったが、それはすぐに杞憂だと実感するほど、力強くも愛にあふれた優しいボーカルで絶好調だ。 1曲歌い終わって、いつものゆる〜いトークが始まり、会場が爆笑の渦に包まれる。本人いわく、このトークや選曲の“山あり谷あり” の構成も彼女のコンサートの大きな魅力だ。

今回は、3部構成とのことで、第1部のサブタイトルは〜Sweet〜、そして第2部が〜Bitter〜と本人から案内された。その“Sweet”を最も象徴するのが、3曲目の「ピアニシモ」だろうか。「大きな声と同じ力で歌ってください」と歌うその歌詞のように、艶やかで繊細な歌声が披露され、歌詞カードがなくともその言葉の一つ一つが心に浸透するように聞き入った。「樹高千丈 落葉帰根」は01年のアルバム『心守歌』収録のまさに大人を安らげるようなバラードで、心地よさに酔いしれたが、気のせいか、はたまた時代のせいか「私は独りが嫌いです それより戦さが嫌いです」という歌詞が、いつもより気になった。今から考えると、この歌が歌われたのも後半への伏線だったように思える。 静かに歌うばかりではなく、ドラマ『家なき子2』の主題歌として95年にミリオンヒットとなった「旅人のうた」では、実力派コーラス3人の力添えもあって、みゆきさんの力強いボーカルが会場中に鳴り響き、“人生の旅人”へのラブソングのようだ。
通常のアーティストであれば、新作メインの選曲になるのだが、一筋縄ではいかないのがみゆきさんのコンサート(微笑)。今回も8曲目にして、初めて2015年11月発売のアルバム『組曲(Suite) 』から歌われたのが、彼女を約30年間撮り続けている “動物写真家”のたむじんこと田村仁を歌ったという「ライカM4」。途中モデルさながらに茶目っ気たっぷりにポージングをしながら、パワフルなロックンロールを歌うみゆきさんは、いつまでも格好良い。そんな第1部は、88年発表の癒しのバラード「MEGAMI」で幕を閉じた。


 20分の休憩後、第2部がスタート。第1部の“Sweet”と第2部の“Bitter”を繋ぐように流れたのは、軽快なトランペット演奏の「ビター・スウィート・サンバ」。そう、オールナイトニッポンのテーマ曲として、あまりにも有名なあの曲だ。すると、DJブース風のセットからみゆきさんが登場。いつもの甲高い声で「オールナイトニッポン!」とコールした後、開演前にお客さんから募集したお便りを、ラジオ同様に面白おかしく読み上げていく。(ちなみに、現在も、「オールナイトニッポン 月イチ」として、毎月何週目かの日曜深夜に放送されている。)
楽しいおしゃべりが終わった後、舞台が暗転。今回のコンサートは“ツアー”ではなく、東京・大阪の会場に限定する分、音や映像などの演出にこだわった、とのことだが、まさにそれが体現されるようなステージだ。
第2部1曲目の「ベッドルーム」にて闇に誘うようなエレキギターの音が鳴り響いてからは終始、暗がりの中で一筋の光や怪しげな雲行きの様子が、みゆきさんの歌のメッセージ性をいっそう鮮明に浮かび上がらせた。
前半のアコースティックから激しいロックスタイルに変わる「友情」では、まるで世の中のやるせなさの中から、命の尊さを訴えるかのように、繊細な歌声が魂の叫びへと昇華する。これに呼応するように、今にも消えそうなほのかな赤い薄灯りも印象的だ。
この後に歌われたのが96年発表の「阿檀の木の下で」。みゆきさんから事前に「最近の楽曲ではないが、今の世の中に合うもので、島国に関する歌」として、婉曲的に紹介されたのだが、間奏で激しく聞こえる上空の飛行音や独特な音階から、誰もが沖縄の歌だと分かっただろう。
その間、みゆきさんが、白い巫女のような衣装で、祈るように、そして願うように歌う。歌の最後に、彼女が、赤い紐を左右の手でもてあそぶ姿は、国と県の間で揺れ動く現在の沖縄を象徴しているように思え、また紐の色から遠い昔に犠牲となった人々を想像した。(無論、これは筆者の解釈であって、彼女からの強制的なメッセージは何一つないことを申し添えておく。)
さらにメンバー紹介を経て最新アルバムから歌われた「Why&No」では、「訊けばいいじゃんいいじゃん「なんでさ」ってね」「言えばいいじゃんいいじゃん「ことわる」ってね」とワイルドに歌いきる。昨今、すさまじい勢いで変わり続ける日本について、“あなたはどう思うのか”、“このままで良いのか”と問いかけられるようだ。 第2部のラストは、NHK朝の連続テレビ小説『マッサン』主題歌の制作裏話をコミカルに話した後に「麦の唄」を披露。間奏にて、黒いコートから金麦色に輝くノースリーブの衣装に早替わり。『紅白歌合戦』での感動が呼び起こされる。真っ暗な中にただ一人、光輝くみゆきさんの姿に、どんな世の中になっても共に生きていこうという揺るがない意志を感じさせ目頭が熱くなった。


そして、アンコールを経て、92年のミリオンヒット曲「浅い眠り」から第3部“〜Sincerely Yours〜”がスタート。ここまで何曲も熱唱してきたのに、このダイナミックな楽曲を歌いこなし、それでいてラストの高音部分も切なくキマる。そして、最後に歌ったのが「ジョークにしないか」。「笑ってくれましたか」と優しく問いかけるようにピアニシモで歌い始め、そしてトークのないまま三方に深々と礼をした後、颯爽と立ち去っていく。まさに、彼女は“歌でしか言えない”言葉を伝えうる歌い手だとあらためて感動した。

それにしても、通好みな選曲にも感心する。最新アルバムから歌ったのは3曲のみ、他に『マッサン』主題歌の「麦の歌」や90年代のミリオンヒット曲は歌われたものの、カラオケで大流行している「糸」も、CMで使われている「時代」や「Nobody Is Right」もない。全20曲中、最も前の発表曲が81年の「友情」で、「わかれうた」や「ひとり上手」などそれ以前のヒット曲もない。ただ、自分が今の時代に伝えたいと思った楽曲だけを厳選したのだろう。 もっとも、2015年はデビュー40周年で、過去のヒット曲を詰め込んだベスト盤などあれば大ヒット確実なのに、このタイミングでリリースしたのが10曲オール新曲のアルバム『組曲(Suite)』という事実を鑑みれば、こうした選曲の方が自然にも思える。12月9日には、『私の子供になりなさい』以来約17年半ぶりとなるアナログ盤も発売される。彼女のこだわりがより伝わってくるようで、こちらも楽しみだ。

今回の若いアーティストにも負けない圧倒的なパフォーマンスに、これからも、中島みゆきは私たちの“ヘッドライト”そして“テールライト”として、活躍し続けることを確信している。

文:臼井 孝(T2U音楽研究所)

セットリスト

第1部〜Sweet〜
M1 もう桟橋に灯りを点らない 1994
M2 やまねこ 1986
M3 ピアニシモ 2012
M4 六花 2001
M5 樹高千丈 落葉帰根 2001
M6 旅人のうた 1995
M7 あなた恋していないでしょ 2012
M8 ライカM4 2015
M9 MEGAMI 1988
(休憩)
第2部〜Bitter〜
M10 ベッドルーム 2012
M11 空がある限り 2015
M12 友情 1981(2コーラス目より)
M13 阿檀の木の下で 1996
M14 命の別名 1998
M15 Why&No 2015
M16 流星 1994
M17 麦の唄 2014
第3部〜Sincerely Yours〜
M18 浅い眠り 1992
M19 夜行 2001
M20 ジョークにしないか 2014